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但馬牛の歴史は農家で脈々と育まれてきました




鉢伏山を望む風景、
まだ索道(リフト)が無い為、(登)山スキー

"蘇武ヶ岳"の当時の山スキー
(村岡スキークラブの皆さん)





ゲレンデパーキング周辺
田渕家(ひさ家)田園


昭和38年、ハチ北の民宿1号『みはらしや』誕生。
母方の実家で、ハチ高原の『青い鳥』と姻戚関係
にあたります


昭和39年、ひさ家の原点、民家に看板をつけての営業。当初の屋号は「寿屋(ことぶきや)」
→「ひさや」→「ひさ家」となります。
お風呂は、五右衛門風呂・・・
民宿(民家)は100%自給自足の生活
シーズン以外のお客様はいないのがあたりまえ。たまにこられると注目でした。謙虚な姿勢でした スキーのお客様が少ない時期、男は出稼ぎで造り酒屋へ行くのが通常。当館先代は左下、中央はお世話になった「ときわや」の田渕常雄さん
 
昭和20年代後半
〜30年代前半
 
 
 
 
 
 
 
 
昭和 30年代後半
 
 
 
 
 
 
 
 
昭和40年代前半

スキー場(索道開発)下見時の風景、
籠に乗る阪本氏(当時の兵庫県知事)
測量時の記念写真、(左5番)プロスキーヤ-三浦雄一郎氏、
(右3番)当時区長、当館初代田渕槙)
三浦氏に「鉢伏山はスキー場になるために出来たような山だ」と言わしめました

当時の区長(田渕槙)、開発(リフト会社)、
町長(谷洋一氏)の開発契約書の抜粋
「ロッジハチ北」の工事(パノラマコース近辺)
「中央ゲレンテ」
当時は「第2線」と呼ばれました
初期頃の雪山開き風景、神主(初代 田渕槙)、奥左「みはらしや」初代(母方の父 西山岩夫)右隣先代 田渕誠

昭和45年、ひさや別館の新築風景、
初代が大工工事に加わっていました
谷洋一町長から上田賢一町長へ

昭和45年 2代目田渕誠の冒険!? 
初代も賛同し、温泉ボーリングに着手!!

温泉が出なければ莫大な借金を負うことに・・・
露天風呂横の川、現在とはかなり異なる風景

2年の年月をかけ、秋の収穫を祝う祭りの日、温泉は湧出しました。三朝温泉とほぼ同成分のラジウム温泉で先代によりハチ北温泉「登竜泉」と命名されました。写真では伝えきれない喜びの表情です 兵庫県衛生保健部による温泉の検査風景

昭和48〜49年シーズン、スキー利用者は10万人に
(建物右は当時のスノードルフィンスキースクール)
現在のファミリーゲレンデリフト前。当時は田でした
昭和47年テニスコートに造成、後々ファミリーコースゲレンデ造成に伴い、この地に平成12年レンタルC,Bを新築

昭和48年、神戸新聞の未井氏所有「ハチ伏山荘」を先代が買収。改築後、「ひさや別館」原点の建築物 民家から大型施設へと、激動の時代でした
 
昭和43月12月
オープン!
 
 
 
 
昭和40年代後半
 
 
 
 
昭和50年代前半

昭和53年「ひさや別館 新館」地鎮祭。
岡田工務店 岡田社長と(神主)初代田渕槙
新館建築風景。豪雪地帯工事のため
基礎は相当しっかりとしています

鉄骨工事風景 新館完成後、日本観光旅館連盟に加入。
当地区では当館が最初

ひさや前の道、未舗装でした 創業当初の「ひさや別館」
当時は大型宿泊施設はありませんでした
ハチ北を守る太田神社の祭り風景、農村の秋の収穫を祝う祭りは明治時代からの継承事 秋祭り恒例行事「もちまき」風景
もちに当選番号が記入有、景品は米・酒他

新館オープン当初時料理。川魚と山菜が中心
"郷土を生かす"がコンセプト
昭和55年大笹地区の道路も遂に舗装
下水道も近辺では群を抜く早さで設置されました

高速リフトもなく、リフト待ち30分以上も
しばしばありました(中央ゲレンデ)
オフのスポーツ合宿や林間学校の受入が増大
温泉活用とスキー、学生受入の方針が
半端な時期もありましたが、時世に助けられた
時代でもありました。
昭和59年オフ対策として兎和野高原に
10,000坪の土地を購入しグランド建築に着手。
現在の「うわのビレッジ」

平成2年 露天風呂、お土産ショップ「モー」、「ベコ」旧館の増改築、ほぼ現在の姿となる。
24h入浴頂ける雪景色の露天風呂はひさ家の看板となり、屋号は「ひさや別館」→「ひさ家」へ変更

平成4年中央クワッドリフトの新設。
極端なリフト待ちは大幅に減少されました。
その後、各リフトはクワッド化され、送客数は格段に
改善されました

平成11年ニーズの多様化に合わせ個室お食事処「ひさ家亭」を増改築
食事内容も但馬牛、松葉かにを中心とした会席コースに見直し

平成12年ファミリーコース増設、レンタルC,B新設、ワックスサービスチューニングをはじめ、ビギナー〜エキスパート迄本格的なサービスを開始

 

 
 
 
 
昭和50年代後半
 
平成
 
 現 在 

キッズパーク
(ファミリーゲレンデ横に)
オープン 

お客様のレンタル及びゲレンデ内フォローを実施する"C,Bパト-ロル"の実施。
同時に"ニチレクスキークラブ"も設立


コース・混雑度・コンディション
理想に近い状態になってきました(ファミリーゲレンデ)

ハチ伏山頂からの大笹区を望む
但馬の美しい山並「蘇武ヶ岳」「妙見山」日により遠く「大山」も望む事ができます

ハチ北温泉「湯治の郷」
オープン・・・


スキー場開発に貢献された、 リフト会社元所長の西村吉雄さん自伝「山のまほろば」、「村岡の移り変わり」等の資料を引用させて頂きました。

ハチ北高原スキー場設立に尽力されました諸先輩方の功績に敬意を示し、このページを作成致しました。
谷 洋一議員(元村岡町町長、前農林水産大臣)の多大なる貢献をはじめ、プロスキーヤー三浦雄一郎氏、鉢伏開発観光及び地区の皆様の努力の上で今のハチ北高原があります。
時代の流れに便乗しただけの安易な発展・成功を忘れ、創始者の意思・原点を見つめ直す事が後継者の役割と思っています。「温故知新」今の時代こそ初心に戻り、町の歴史・文化を見直し、老若男女を問わず、心と身体の健康を考えた施設、相手の立場に立ったサービスこそ、私達に託された使命・課題です。
近い将来、中・長期滞在型の健康施設にしていきたいと考えています。ハチ北のみならず、近隣施設・近郊温泉地・レジャー施設等の皆様と但馬全体の発展につなげて行くことが使命と考えています。
今後ともお客様・先輩緒関係各位のご指導ご鞭撻を賜りますよう宜しくお願いいたします。              店主 田淵 和彦


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